名曲を読む

立場:すべて事実・データ評価の分かれる点くらさんの考察

1988〜1989年(アルバム1988年・シングル1989年発売)
No.81新着 川の流れのように(美空ひばり・1989年) 最後のシングルは、本人が選び直した一曲だった
★動画あり登録 2026年10月23日 21:10
美空ひばりの生前最後のシングル。もとはアルバムの表題曲で、スタッフは別の曲をシングルにするつもりだったが、ひばり本人の強い希望で入れ替わった。作詞の秋元康はニューヨークで見た川から想を得たと語っている。発売5か月後のひばりの死をへて売上が伸び、1997年のNHKの投票では「20世紀の日本人を感動させた歌」の1位に選ばれた。
#歌謡曲新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1988〜1989年(アルバム1988年・シングル1989年発売)事典・概説美空ひばり、川の流れのように、秋元康、見岳章
1986年発売
No.82新着 天城越え(石川さゆり・1986年) 「この人にしか歌えない」を狙って作られ、カラオケでいちばん歌われる演歌になった
★動画あり登録 2026年10月23日 21:10
1986年7月21日発売。作詞の吉岡治、作曲の弦哲也、編曲の桜庭伸幸が伊豆・天城湯ケ島の宿に泊まり込んで作った。カラオケブームのなかで、あえて石川さゆりにしか歌えない難しい曲を、という狙いだった。発売時のオリコン最高位は46位にとどまったが、紅白で繰り返し歌われ、DAMでは1994〜2018年に最も歌われた演歌とされる。
#演歌新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1986年発売事典・概説石川さゆり、天城越え、吉岡治、弦哲也
1973年発売
No.83新着 神田川(南こうせつとかぐや姫・1973年) 電話で読み上げた詞に、3分でメロディが付いた
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1973年9月20日発売。作詞の喜多條忠が学生時代の同棲暮らしを思い出して約30分で詞を書き、電話で南こうせつに読み上げると、南はその場でメロディを付けたとされる。もとはアルバムの1曲だったが、深夜ラジオで流すとリクエストが殺到してシングルになり、オリコン1位、かぐや姫最大のヒットになった。歌詞の商標名をめぐって紅白出場を断ったことでも知られる。
#フォーク新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1973年発売事典・概説南こうせつとかぐや姫、神田川、喜多條忠、南こうせつ
1974〜1975年
No.84新着 なごり雪(伊勢正三・1974年/イルカ・1975年) かぐや姫のアルバム曲が、カバーで国民の春の歌になった
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かぐや姫の伊勢正三が21歳で作り、1974年のアルバム『三階建の詩』に入れた曲。翌1975年にイルカがシングルで歌うとオリコン4位、累計80万枚とされるヒットになった。モチーフは伊勢の故郷、大分県津久見の駅。「なごり雪」という言葉自体が当時はなく、批判もあったと伊勢は語っている。
#フォーク新着#ニューミュージック新着#作曲家新着くらさんの考察1974〜1975年事典・概説伊勢正三、かぐや姫、イルカ、なごり雪、松任谷正隆
1969〜1971年(1971年発売)
No.85新着 また逢う日まで(尾崎紀世彦・1971年) 二度ボツになったメロディが、レコード大賞を取った
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筒美京平の曲は、もとはエアコンのCMソング候補として作られて不採用になり、次に阿久悠の詞でズー・ニー・ヴーが「ひとりの悲しみ」として出したが売れなかった。阿久悠が詞を「別れ」に書き直し、尾崎紀世彦が歌った「また逢う日まで」は1971年にオリコン1位、レコード大賞と日本歌謡大賞を同時に受けた。二人が納得して別れる、という描き方が新しかったとされる。
#歌謡曲新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1969〜1971年(1971年発売)事典・概説尾崎紀世彦、また逢う日まで、阿久悠、筒美京平、ズー・ニー・ヴー
1961〜1962年
No.86新着 銀座の恋の物語(石原裕次郎・牧村旬子・1961年) 映画スターと17歳の歌手の、デュエットの元祖
★動画あり登録 2026年10月23日 21:10
1961年にテイチクから出た石原裕次郎と牧村旬子のデュエット曲。映画『街から街へつむじ風』の挿入歌として広まり、翌1962年には同じ題名の日活映画も作られた。公称300万枚とされ、通称「銀恋」。カラオケが生まれる前のムード歌謡のデュエットだが、今もカラオケでデュエットの定番として歌われている。
#歌謡曲新着#デュエット新着#作詞家新着くらさんの考察1961〜1962年事典・概説石原裕次郎、牧村旬子、銀座の恋の物語、大高ひさを、鏑木創
1986年発売
No.87新着 時の流れに身をまかせ(テレサ・テン・1986年) 日本の歌謡曲が、中国語でアジアに歌い継がれた
★動画あり登録 2026年10月23日 21:10
1986年2月21日発売。荒木とよひさ・三木たかしがテレサ・テンに書いた3作目で、前の「つぐない」「愛人」と合わせて日本有線大賞と全日本有線放送大賞の3年連続グランプリになった。テレサ自身が中国語版「我只在乎你」を歌い、中国語圏でも代表曲として歌い継がれている。
#歌謡曲新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1986年発売事典・概説テレサ・テン、時の流れに身をまかせ、荒木とよひさ、三木たかし、我只在乎你
1968年発売(オリコン1位は1969年)
No.88新着 ブルー・ライト・ヨコハマ(いしだあゆみ・1968年) 川崎の工場の灯が、横浜の歌になった
★動画あり登録 2026年10月23日 23:07
1968年12月25日に日本コロムビアから出た、いしだあゆみの26作目のシングル。作詞の橋本淳は、横浜の海から見た川崎方面の工場の灯にカンヌの夜景を重ねたとされ、題も初めは「ブルー・ライト・カワサキ」だった。オリコン週間1位を9週続け、作曲の筒美京平にとっても初の1位・初のミリオンセラーになった。2025年のDAM「演歌・歌謡」年間ランキングでも13位に入っている。
#歌謡曲新着#作詞家新着#作曲家新着くらさんの考察1968年発売(オリコン1位は1969年)事典・概説いしだあゆみ、ブルー・ライト・ヨコハマ、橋本淳、筒美京平