No.81新着 川の流れのように(美空ひばり・1989年) 最後のシングルは、本人が選び直した一曲だった
美空ひばりの生前最後のシングル。もとはアルバムの表題曲で、スタッフは別の曲をシングルにするつもりだったが、ひばり本人の強い希望で入れ替わった。作詞の秋元康はニューヨークで見た川から想を得たと語っている。発売5か月後のひばりの死をへて売上が伸び、1997年のNHKの投票では「20世紀の日本人を感動させた歌」の1位に選ばれた。
本文と出典
あらまし
「川の流れのように」は、1988年12月1日発売のアルバム『川の流れのように〜不死鳥パートII』の表題曲として世に出た。作詞は秋元康、作曲は見岳章、編曲は竜崎孝路である。アルバムは、若い世代へ何かを残したいというひばりの意向で作られたとされる。翌1989年1月11日に日本コロムビアからシングルとして発売され、同年6月24日にひばりは52歳で亡くなった。結果として生前最後のシングルになった。
この曲の特徴は、演歌の女王と呼ばれた歌手が、当時30歳前後でアイドルの歌を多く手がけていた作詞家の秋元康と組み、人生をふり返る穏やかな曲を歌った点にある。発売当初の売れ行きは大きくなかったが、ひばりの死後に伸び、今では美空ひばりの代表曲として最初に名前が挙がる曲の一つになっている。
主なできごと
・1988年10月11日 ひばりが記者会見でこの曲に触れる。生涯最後の記者会見とされる
・1988年12月1日 アルバム『川の流れのように〜不死鳥パートII』発売
・1989年1月11日 シングル発売(カップリング「あきれたね」)
・1989年6月24日 美空ひばりが52歳で死去。7月22日の本葬では多くの歌手がこの曲を歌った
・1989年 第31回日本レコード大賞で金賞と作曲賞。ひばりに特別栄誉歌手賞
・1997年 NHKの「20世紀の日本人を感動させた歌」投票で1位
・2006年 文化庁と日本PTA全国協議会の「日本の歌百選」に選ばれる
・2019年 発売30年。ひばりプロダクションの加藤和也社長がシングル化の経緯を語る
生まれたいきさつ:ニューヨークの川と、本人の選び直し
秋元康は2022年9月8日放送のテレビ東京「カンブリア宮殿」で、この曲の出どころを語っている。当時ニューヨークのマンハッタンに住み、部屋からイースト川が見えた。その川が海に出て日本までつながっていると思ったとき、ふるさとを懐かしむ気持ちがわき、それが曲になったという。ひばりならば自分の人生をどう受け止めるかを想像し、応援の歌として書いたとも述べている。ウィキペディアによれば、秋元はふだん詞を書き終えてから題を付けるが、この曲は題が先に浮かんだ唯一の作品だと話している。
シングルにする曲は、もともと別に決まっていた。ウィキペディアは、スタッフがポップス調の「ハハハ」を予定していたと書く。ひばりの息子の加藤和也氏は2019年の琉球新報の記事で、母のたっての希望で変更になり、長い歌手人生でそうしたことは初めてだったと語っている。デモテープを聴いたひばりが、自分の人生そのものを歌わせてもらえるような曲だと話したことも、同じ記事で紹介されている。
発売当時の受け止めと売上
オリコンの週間順位は最高8位で、年間では1989年度35位、1990年度78位だった。TBS「ザ・ベストテン」では1989年9月14日放送で10位に入っている。これはひばりの死後のことである。売上枚数は数え方で大きく違う。ウィキペディアは、オリコン集計の41.8万枚、ミリオンセラーとしての150万枚という二つの数字を挙げ、2019年時点では205万枚とされると書く。琉球新報の記事は「150万枚を超える」とする。集計の方法がそれぞれ違うため、どの数字も単独で「正しい売上」とは言えないと考えられる。
歌の内容を読む
歌い手は、自分が歩いてきた道を、知らないうちに長く続いてきた細い道や、地図のない旅にたとえる。でこぼこの道も曲がりくねった道もあったが、それも含めて流れに身をあずけたい、という気持ちが中心にある。雨のあとには晴れが来る、愛する人がそばにいる、という小さな希望も添えられている。若い作詞家が、ひばりの半生を想像して書いた詞だが、具体的な出来事は一つも書かれていない。だからこそ、聴く側が自分の人生を重ねやすい。題名の「川」が、流れて止まらないものと、いつか海に出るものの両方を表しているのも、秋元の証言と合っている。
カラオケで歌うなら
ソロ曲で、デュエットではない。ウィキペディアによると、ひばりが全編を歌う映像はTBS、テレビ東京、フジテレビの3局にしか残っていないとされ、そのうちテレビ東京の映像がレーザーディスクカラオケに使われ、2004年からは第一興商のDAMの映像にも使われている。カラオケでひばり本人の姿を見ながら歌える曲である。こぶしや大きな節回しは少なく、ゆったりした曲なので、演歌に慣れていない人でも入りやすい。送別会や法事のあとの席など、人生の節目で選ばれやすい曲だと考えられるが、それを示す統計は見つけられなかった。
カバーの広がり
国内では五木ひろし、都はるみ、さだまさし、桑田佳祐、坂本冬美、島津亜矢、秋川雅史、水樹奈々らが歌っている。海外では、ホセ・カレーラス、アンジェラ・ゲオルギューといったオペラ歌手、テレサ・テン、リチャード・クレイダーマン、キム・ヨンジャらが取り上げた。演歌・ポップス・クラシックのどの歌い方でも成り立つ曲だということが、この顔ぶれから分かる。
評価の分かれる点
売上枚数は41.8万枚(オリコン)から205万枚(2019年時点の公称とみられる数字)まで幅がある。どの数字を使うかで「大ヒット」の度合いの印象が変わるので、数字を挙げるときは数え方を添える必要がある。また、曲が国民的な歌になったのは、曲そのものの力か、発売直後のひばりの死という事情によるものかは、切り分けられない。
くらさんの考察
ひばり本人がシングルを選び直したという話は、この曲の受け止め方を決めたと考えられる。もし予定どおり別の曲が出ていれば、「最後の歌」はこの曲ではなかった。作り手の若い作詞家が想像で書いた「ひばりの人生」を、本人が自分の歌として引き受けた。その引き受けがあったから、聴く側も「ひばりが最後に選んだ人生観」として受け取り、さらに自分の人生に重ねるようになったのだろう。具体的な出来事を書かない詞は、ひばりにも聴き手にも同じように開かれていたと考えられる。
ジージへの問いかけ
・1989年にこの曲が出たとき、ひばりの「新曲」として耳に入っていたでしょうか。それとも亡くなってから知った曲でしょうか。
・人生を川にたとえる歌はほかにもありますが、この曲だけが特別に歌い継がれる理由は、どこにあると思いますか。
・カラオケでこの曲を選ぶ人がいたら、その人はどんな気持ちで歌っていると思いますか。
出典
・ウィキペディア「川の流れのように」 https://ja.wikipedia.org/wiki/川の流れのように
・モデルプレス(秋元康が「カンブリア宮殿」で語った誕生秘話・2022年) https://mdpr.jp/news/amp/3346050
・琉球新報(加藤和也氏の証言・2019年1月11日) https://ryukyushimpo.jp/style/entry-859913.html
動画
・美空ひばり / 川の流れのように [ミュージックビデオ](美空ひばり 公式YouTubeチャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=tr9V1V2eyfY
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