No.219新着 舟唄(八代亜紀・1979年) 売れ行きは低調だったが、紅白の大トリで広がった酒場の歌
1979年5月25日にテイチクから出た八代亜紀のシングル。作詞は阿久悠、作曲は浜圭介、編曲は竜崎孝路で、八代にとって初の男歌とされる。発売当初は低調で、同年末の紅白と日本レコード大賞金賞、のちの映画『駅 STATION』で広がった。ウィキペディアによればオリコン最高15位。カラオケの原曲キーや順位は公式資料で確かめられず、JOYSOUNDの配信キーのみ記す。
本文と出典
あらまし
「舟唄」は、1979年5月25日にテイチクから発売された八代亜紀のシングルである。作詞は阿久悠、作曲は浜圭介、編曲は竜崎孝路。B面は「長いプラットホーム」で、作曲は中村泰士という。ウィキペディアは、これを八代にとって初めての男歌と書く。
八代亜紀は1950年8月29日に熊本県で生まれ、2023年12月30日に73歳で亡くなった(ウィキペディア)。訃報は2024年1月9日に公式サイトで公表された。「舟唄」は、いまも彼女の代表曲として最初に名が挙がる歌である。
主なできごと
・1979年5月25日 シングル「舟唄」発売
・1979年12月31日 第21回日本レコード大賞(帝国劇場)で金賞。大賞はジュディ・オング「魅せられて」
・1979年12月31日 第30回NHK紅白歌合戦で、紅組の48番目、最後の出順として歌う
・1979年 第10回日本歌謡大賞の放送音楽賞、第12回全日本有線放送大賞の特別賞などを受ける
・1980年 同じ阿久悠・浜圭介の「雨の慕情」で日本レコード大賞と日本歌謡大賞を受ける
・1981年 映画『駅 STATION』(降旗康男監督)で、居酒屋の場面に紅白の歌唱が挿入される
・2023年12月30日 八代亜紀が73歳で死去
・2024年 第66回輝く!日本レコード大賞で特別功労賞を受ける(ウィキペディアの八代亜紀の項による)
くわしく:生まれたいきさつ
ウィキペディアによれば、この詞はもともと、阿久悠がスポーツニッポンに連載した「阿久悠の実践的作詞講座」で、美空ひばり編の教材として書いたものだった。それに浜圭介が曲を付け、八代が歌うことになった。八代が歌うと決まった具体的な経緯は、ウィキペディアでは確かめられなかった。この経緯は同項目の記述だけで、ほかの資料では確かめていない。
浜圭介については、現代ビジネスに載った週刊現代の追悼鼎談(2024年1月10日)が、ロック歌手から作曲家に転じた人で、「終着駅」「石狩挽歌」も手がけたと紹介している。ウィキペディアは、浜が阿久と「街の灯り」を作ったあと、作曲家として巻き返しを狙っていたころの曲と書く。
歌詞は、神奈川県の俗謡「ダンチョネ節」を本歌取りしたものとされる。八代が歌うことになった際に、その部分の言葉は書き改められた。ウィキペディアは、言葉回しや世界観は近いものの作品としては独自、という見方を添えている。
くわしく:売れ行きと広がり
発売直後の売れ行きは低調だった。ウィキペディアは、当時の八代のシングルとしては低調で、紅白の大トリのあとに加速したと書く。現代ビジネスの鼎談記事も、発売当初は低調で、紅白での歌唱と1981年の映画での使用を経て、だんだん売り上げが伸びたと伝える。
オリコン週間の最高位は15位、年間順位は1979年度が98位、1980年度が55位である(ウィキペディア)。売上枚数はウィキペディアに記載がなく、他の資料でも確かめられなかったため書かない。
映画『駅 STATION』は、ウィキペディアによれば、居酒屋で高倉健と倍賞千恵子が紅白の八代の歌唱を見る場面がある。鼎談記事は、この映画で劇中歌として使われたことがヒットの後押しになったと書く。
その後の使われ方も広い。1991年に三共(現・第一三共ヘルスケア)のCMのBGMとなり、全日本CMフェスティバルで優秀賞を得た。2006年にはサントリーフーズ「ボス」のCMで「泣ける歌」として流れた。元ニッポン放送の上柳昌彦は、2004年から毎年、年内最後のレギュラー放送で全曲を流している(以上ウィキペディア)。
くわしく:二つの版
ウィキペディアによれば、1979年の原盤は、高めの調(イ短調)で、3分57秒ほどと速めだった。2000年以降のCDなどには、変イ短調で4分20秒ほどのゆったりした再録版が多い。いま耳にする「舟唄」が、発売当時の曲より遅く低い可能性がある、ということになる。
カバーも多く、ウィキペディアは梶芽衣子、テレサ・テン、藤圭子、中森明菜、吉幾三、前川清らを挙げる。1986年には梶原しげるが英語詞の「A boatman's song」を出し、ヒットしたともある。
カラオケで歌うなら
JOYSOUNDの曲ページ(曲番号321)では、標準版の配信キーが「#2」、《ガイドボーカル入り》版が「0」と出ている。この表示が原曲キーかどうかは、ページからは分からない。上で見たとおり、原盤と再録版でキーが違うので、どの版を基準にするかで話が変わる。全国採点の「先月の平均点」は、標準版が89.559点、《生演奏》版が90.481点、《本人映像》版が88.804点、《ガイドボーカル入り》版が85.059点。取得した時点の月は確かめていない。
歌唱時間と、デュエット曲かどうかは、ページに記載がない。八代のソロで歌われる曲である。DAMの曲番号とカラオケでの歌われ方の順位は、公式資料で確かめられなかったため書かない。
評価の分かれる点
ひばりの教材だった詞を八代に回した、という経緯は、今回の調査では、ウィキペディアの記述だけが根拠である。美空ひばり向けの詞だったことは、神奈川新聞のコラムも触れているという検索結果が出たが、記事を開けなかったため根拠にしない。
また、紅白で大トリを務めたと書く資料が多い一方、紅白の項目には、八代の出順が48番目の最後で、47番目の五木ひろしと並んで「トリ」を分けた旨が書かれている。どちらが番組を締めたかをめぐる表現は、資料の書き方で違う。この記事では出順が最後だったことのみ記した。
くらさんの考察
以下は資料にもとづくくらさんの推測である。
発売当初の売れ行きが低調で、年末の紅白とレコード大賞のあとに伸びたという流れは、この曲が「発売の時点で売れた歌」ではなく、あとから歌い継がれる形で定着した歌だったことを示すと考えられる。映画の居酒屋の場面で紅白の映像が使われたのも、テレビで歌われた曲が、酒場の風景に溶け込むものとして受け取られていた表れかもしれない。ただし、これは映画の描き方から推した読みで、資料に書かれた説ではない。
男歌に挑んだことが、八代の歌い方にどう働いたかは、資料では確かめられない。ただ、翌1980年の「雨の慕情」も同じ阿久・浜のコンビで、日本レコード大賞を受けている。コンビが八代の声に合う作り方を重ねたとは考えられる。
カラオケの平均点が版によって85〜90点と幅があることから、歌いやすさは版で変わる可能性があるが、集計の条件が分からないため、推測にとどめる。
ジージへの問いかけ
・1979年の大みそか、紅白で八代亜紀が「舟唄」を歌う場面を覚えていますか。
・映画『駅 STATION』を観たことがあるなら、居酒屋の場面で「舟唄」が流れる印象はどうでしたか。
・カラオケで「舟唄」を歌うとき、発売当時の速めの版と、ゆったりした再録版のどちらが歌いやすいと思いますか。
出典
・ウィキペディア「舟唄」 https://ja.wikipedia.org/wiki/舟唄
・ウィキペディア「八代亜紀」 https://ja.wikipedia.org/wiki/八代亜紀
・ウィキペディア「第21回日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/第21回日本レコード大賞
・ウィキペディア「第30回NHK紅白歌合戦」 https://ja.wikipedia.org/wiki/第30回NHK紅白歌合戦
・現代ビジネス(週刊現代、2024年1月10日) https://gendai.media/articles/-/122611
・All About ニュース(2024年1月9日) https://news.allabout.co.jp/articles/o/74473/
・JOYSOUND「舟唄/八代亜紀」 https://www.joysound.com/web/search/song/321
動画
・八代亜紀『舟唄』(TEICHIKU RECORDS)https://www.youtube.com/watch?v=ixLX8F-zRsQ
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが音楽QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。