No.216新着 昴(谷村新司・1980年) 引っ越しの荷造りから生まれた歌が、中国でも歌われ、カラオケで歌い継がれるまで
1980年4月1日発売の谷村新司のシングル。作詞作曲は谷村、編曲は服部克久。ウィキペディアによればオリコン最高2位で、谷村のソロ最大のヒットとされる。中国での広がりは、香港・台湾版を通した受容と2010年の上海万博が語られるが、資料の食い違いや確かめられない点も多い。カラオケの原曲キーや順位は公式資料では確かめられなかった。
本文と出典
あらまし
「昴」は、1980年4月1日にポリスターから発売された谷村新司のシングルである。作詞・作曲は谷村、編曲は服部克久。B面は「What love is」。ウィキペディアによれば、谷村が移籍して最初のシングルで、ポリスター発足後の邦楽第1号でもあった。
谷村はバンド「アリス」のメンバーとして知られていた。「昴」はそのアリスの活動と並行して出した、ソロの代表曲である。
主なできごと
・1980年4月1日 シングル「昴」発売
・1980年4月14日付 オリコン週間ランキングに16位で初登場。6月23日付と30日付で最高の2位
・1980年 オリコン年間12位、「ザ・ベストテン」年間15位(ウィキペディアによる)
・1981年 アリスが活動を休止する(文藝春秋の記事)。谷村が初めて中国を訪れた年とも伝えられる(中国メディアの記事)
・1987年 第38回NHK紅白歌合戦に初出場し、「昴」を歌う
・1991年 第42回紅白で白組の大トリを務める
・2010年 上海万博の開幕式で、谷村が中国語題「星」の曲を歌ったと中国メディアが伝える
・2023年10月8日 谷村新司が74歳で死去
くわしく:生まれたいきさつ
ウィキペディアは、この曲が映画『天平の甍』の宣伝協力と引き換えに作られたと書く。ただし完成が大幅に遅れ、映画では使われず、ニッカウヰスキー「スーパーニッカ」のCMソングになった。
作詞のきっかけについて、ウィキペディアは谷村の著書『谷村新司の不思議すぎる話』(2014年、マガジンハウス)を挙げ、引っ越しの荷造り中に思いついた言葉から生まれたとする。エキサイトニュースの2014年の記事も、1980年の引っ越しの最中に詞の一節が浮かんだと伝える。同じ記事によると、谷村自身はこの曲を、プレアデス星団(和名で「昴」)からのメッセージを受けて書いたと語っている。記事はこれを谷村本人の説明として紹介しているだけで、事実としては裏づけていない。
歌詞の意味についても、ウィキペディアに谷村の言葉がある。歌の冒頭部分はもともと結びの一節だったといい、谷村は作詞から20年以上あとに、その意味を「物を中心に据えた価値観との決別」と解釈したと述べている。
くわしく:当時の受け止め
ウィキペディアによれば、オリコンでは最高2位だった。1位を阻んだのは、10週連続で首位にいたもんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」である。「ザ・ベストテン」の最高位は5位。売上は約60万枚で、谷村のソロでは最大のヒットとされる。
売上の数字は資料で違う。オリコンのニュースサイト(2023年)は、オリコン調べの累積売上を67.6万枚とし、谷村のソロシングルで1位とする。ウィキペディアの約60万枚とは差がある。どちらの数え方かが示されていない箇所があり、この記事では両方を併記するにとどめる。
くわしく:中国など海外での広がり
ウィキペディアは、1980年代からのアリスの中国公演で「昴」がよく歌われ、中国で広く知られるようになったと書く。一方、中国のニュースサイトの記事は、谷村が1981年に日本の青少年文化交流団の一員として初めて中国を訪れたと伝えており、この二つが同じ出来事を指すかは確かめられなかった。
中国語圏への広がりは、別の経路でも語られている。大和総研のレポート(2010年6月14日付)によれば、中国の40〜55歳ほどの層には、1980〜90年代に香港版・台湾版で谷村の曲を聴き、青春の思い出にしている人が多い。中国のニュースサイトの記事は、テレサ・テンの「星」の原曲が「昴」だとする一覧を載せ、谷村の約50曲が中国語曲に編曲されたとも書く。
2010年の上海万博では、谷村が日本の万博推進の大使を務め、開幕式で「星」を歌ったと中国メディアは伝える。ウィキペディアはこれを「昴」を谷村本人が歌ったと書く。「星」が「昴」の中国語版の題であることは前記の中国メディアの記事から読み取れるが、同じ曲かどうかを直接示す資料は、今回は見つからなかった。大和総研のレポートは、正式な調査ではなくネット上のファンクラブを筆者が見た印象だと断ったうえで、「谷村新司ファンクラブ」の97%が開幕式のあとにできたと書く。
ウィキペディアは、タイで知られた曲であること、カンボジアのシハヌーク殿下の愛唱歌であること、2014年の宮中晩餐会で宮内庁楽部がメロディを演奏したことも挙げている。これらは個別の出典までは確かめていない。
カラオケで歌うなら
JOYSOUNDの曲ページ(曲番号888)には、標準版の配信キーが「#4」と出ている。この表示が原曲キーと同じかどうかは、ページからは分からない。《LIVEカラオケ》版と《ガイドボーカル入り》版はキー「0」、《生演奏》版は「#6」と出ている。全国採点の「先月の平均点」は、標準版が90.453点、《ガイドボーカル入り》版が91.737点。取得した時点の月は確かめていない。
歌唱時間は、大和総研のレポートが4分23秒と書く。デュエット曲ではなく、谷村のソロである。DAMの情報と、カラオケでの歌われ方の順位は、公式資料で確かめられなかったため書かない。文藝春秋の記事は、この曲が「カラオケでも上位を続け、長年愛唱されてきた」と書くが、順位や集計元は示していない。
評価の分かれる点
最高位が資料で分かれる。ウィキペディアとオリコンのニュースは最高2位とする。文藝春秋の追悼記事(2023年11月)は「たちまちヒットチャート1位」と書く。ランキングによる違いか、記述の誤りかは確かめられなかった。この記事では、オリコン週間2位を採る。
ほかに、曲が石川啄木の歌集『悲しき玩具』の冒頭の二首に似るという指摘があり、谷村は大学時代に啄木を読み込んだ影響を述べている。また、軍歌『加藤隼戦闘隊』に似ているという指摘が1988年1月28日の読売新聞に出たとウィキペディアにある。ウィキペディア自身が「要検証」とし、結論は出ていない。
くらさんの考察
以下は資料にもとづくくらさんの推測である。
「昴」がカラオケで長く歌われる理由は、資料では確かめられない。ただ、JOYSOUNDの平均点が90点前後と高く出ている点から、歌い手が音を外しにくい、あるいは歌い慣れた人が多い曲だと考えられる。
中国での広がりは、1980年代の香港・台湾版の流通と、2010年の万博という、時期の違う二つの経路が重なったものと考えられる。大和総研のレポートは、前者を聴いていた世代が万博で初めて原曲を聴いたと書く。谷村の語る「プレアデスのメッセージ」は検証できないが、歌が個人の体験を超えて受け取られる物語を、曲に与えたのは確かだろう。
ジージへの問いかけ
・1980年の春、ラジオやテレビで「昴」を初めて聴いたときの印象はどうでしたか。
・カラオケで「昴」を歌うとき、どこが一番難しいと感じますか。
・谷村新司の曲で、「昴」のほかによく歌う歌はありますか。
出典
・ウィキペディア「昴 (谷村新司の曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/昴_(谷村新司の曲)
・オリコンニュース(谷村新司の訃報) https://www.oricon.co.jp/news/2298831/full/
・文藝春秋「蓋棺録」(2023年11月9日) https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h7236
・大和総研「谷村新司ファンクラブ」を扱ったレポート(2010年6月14日付) https://www.dir.co.jp/report/consulting/research_analysis/100614.html
・エキサイトニュース(2014年8月30日) https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_414/
・中国のニュースサイト(澎湃新聞・百家号) https://m.thepaper.cn/baijiahao_24948649
・JOYSOUND「昴-すばる-」 https://www.joysound.com/web/search/song/888
動画
・昴 ーすばるー / 谷村新司 【Official Live Video】(PolystarTube)https://www.youtube.com/watch?v=i7sNXGPQDP8
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが音楽QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。