No.210新着 喝采(ちあきなおみ・1972年) ステージの上で訃報を聞く歌が、レコード大賞の最後の逆転をつかむまで
1972年9月10日発売のちあきなおみの13枚目のシングル。歌い手の生き方を描く詞を吉田旺、曲を中村泰士が書き、12月31日の第14回日本レコード大賞で大賞を受けた。オリコンの最高位は2位で、同調べの売上は約80万枚。カラオケの原曲キーなどは公式の資料で確かめられなかった。
本文と出典
あらまし
「喝采」は、1972年9月10日に日本コロムビアから発売されたちあきなおみの13枚目のシングルである。作詞は吉田旺、作曲は中村泰士、編曲は高田弘。B面は「最后の電話」。
詞の内容は、亡くなった恋人の知らせを受けながらステージに立ち、歌い続ける女性を描いたものとされる。ちあきなおみ本人の体験が元になった歌として売り出されたが、これはフィクションだったとウィキペディアの「ちあきなおみ」の項に書かれている。
発売から約3か月後の1972年12月31日、第14回日本レコード大賞で大賞を受けた。ちあきにとって最初の大賞である。
主なできごと
・1947年9月17日 ちあきなおみ、神奈川県に生まれる
・1969年 「雨に濡れた慕情」でデビュー(21歳)
・1972年9月10日 「喝采」発売
・1972年11月 オリコン週間で7位に初登場し、のち最高2位
・1972年12月31日 第14回日本レコード大賞(帝国劇場)で大賞。同じ回の最優秀新人賞は麻丘めぐみ、最優秀歌唱賞は和田アキ子
・1972年 第23回NHK紅白歌合戦で歌唱
・1973年 オリコン年間ランキングで4位(1972年度は66位)
・1992年9月11日 夫の郷鍈治が病死。その後、歌手を含む芸能活動を全面的に停止
資料から分かること:生まれたいきさつ
ウィキペディアの「喝采」の項によると、吉田旺は「歌い手をテーマにした詞」を書こうと考えた。最初の題は「幕が開く」だったが、当時のコロムビアのプロデューサー東元晃が難色を示し、「喝采」になったという。
日刊ゲンダイ(2020年3月22日、塩澤実信)は、別の経緯を伝えている。作曲の中村泰士が、ちあきの「四つのお願い」などの歌声に魅せられ、コロムビアの文芸部を訪ねて曲を書かせてほしいと申し出た。当時の中村はまだ新進で、会社がその熱意に応えて、作詞を吉田に任せたという。同記事はちあきの声を「バイオリンのような歌声」と評している。二つの記述は矛盾せず、曲を書く側から出た動きと、詞の着想が合わさったものと読める。
曲の作りについて、ウィキペディアは、中村が「蘇州夜曲」や「アメイジング・グレイス」をベースにしたと記す。演歌で使われる「ヨナ抜き音階」をポップスに用いた点が特徴とされる。同項は詞の一部の表現について、レコード会社や作曲者が縁起が悪いと変更を提案したが、吉田は変えなかったとも記す。ただしこのページは出典不足の注記が付いており、ここは裏づけが弱い。
資料から分かること:当時の受け止めと受賞
オリコン週間は11月第1週に7位で初登場し、2週後に2位になった。ウィキペディアによれば、宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」に阻まれ、2位に12週とどまった。年間順位は1972年度が66位、1973年度が4位で、2年にわたってランキングに入っている。レコード特信出版社の調べでは1位を記録したともある。
売上は数え方で違う。オリコン集計では発売から翌年にかけて通算約80万枚。日本コロムビア調べの累計は130万枚とされるが、これは大下英治の著書(角川書店、1995年)を出典とした記述で、レコード会社の発表そのものは確かめられていない。
レコード大賞は、ウィキペディアの「第14回日本レコード大賞」によれば、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)が本命視され、僅差の争いのなかで「喝采」が終盤に逆転した。副賞は世界一周旅行だった。発売から受賞までの短さについて、日刊ゲンダイは「最短記録」と書くが、ウィキペディアの「喝采」の項は史上2番目(最短は梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」の約2か月)と記し、資料が食い違う。ここでは「約3か月」とだけ書いておく。
資料から分かること:歌い継がれ方
カバーは多い。ウィキペディアは、石原裕次郎(1973年)、由紀さおり(1973年)、徳永英明(2007年)、クミコ(2007年)、八代亜紀(2011年)、一青窈(2012年)、桑田佳祐(2014年)、宮本浩次(2020年)などを挙げる。ジャンルも世代もまちまちな歌手が取り上げ続けている。
2005年にNHKが行ったアンケート「スキウタ」では、紅組の45位に入ったとされる。清水ミチコは文藝春秋2024年2月号のコラムで、この曲のイントロの出来を高く評価し、子どもの頃に強く心を動かされたと書いた。
カラオケで歌うなら
確かめられた範囲では、ソロで歌う曲で、収録時間は3分35秒である。DAM・JOYSOUNDの原曲キーや音域、公式の難易度は、今回の調査では確かめられなかったため書かない。歌う前に、機器の曲番号検索で原曲キーを確かめるとよい。
評価の分かれる点
「実体験の歌」として売られたかどうかは、いまも話題になる。発売当時は私小説的な歌謡として宣伝されたが、吉田は実体験を知らずに詞を書いたとされ、のちにフィクションだったと書かれている。日刊ゲンダイは、実話かどうかの議論を超える力があったのはちあきの歌声の幅だとみる。同記事は最後に、ちあきが歌わなくなった今を「もったいない」と見るか「このままでいい」と見るかは意見が分かれると結ぶ。
くらさんの考察
以下は資料にもとづくくらさんの推測である。
この曲が長く歌われる理由は、詞の悲しみを歌い手が本当に体験したかどうかに頼っていない点にあると考えられる。実体験でないと分かったあとも、日刊ゲンダイが言うような「現実にあったことを歌っているのか」という錯覚が成り立つのは、歌い手が曲の中の人物になりきる設計が、詞・曲・歌唱の三つに通っているからだろう。
もう一つは、演歌の音階を使いながら、ポップスとして聴かせる作りである。中村泰士の曲づくりと高田弘の編曲によって、演歌の歌い手にも、ロックやポップスの歌手にも、自分の声で歌い直せる余地が残った。カバーの顔ぶれの広さは、その証拠と考えられる。
「歌わない喝采歌手」という見方も、この歌の伝わり方に影響したと考えられる。1992年の活動停止以降、本人の歌唱は録音と映像に限られ、他の歌手のカバーと並ぶ形で残ってきた。ただし、これは資料からの推測であり、確かめたものではない。
ジージへの問いかけ
・1972年の暮れに、この曲を初めて聴いたときの印象はどうだったでしょうか。
・同じ年の「瀬戸の花嫁」との争いを、当時の世間の空気としてどう覚えていますか。
・ちあきなおみの歌のうち、「喝采」のほかにカラオケで歌ってみたいと思う曲はありますか。
出典
・ウィキペディア「喝采 (ちあきなおみの曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/喝采_(ちあきなおみの曲)
・ウィキペディア「ちあきなおみ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ちあきなおみ
・ウィキペディア「第14回日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/第14回日本レコード大賞
・デイリースポーツ「日本レコード大賞 歴代受賞者」 https://www.daily.co.jp/gossip/record/tb0000000106.shtml
・日刊ゲンダイDIGITAL「ちあきなおみの「喝采」はなぜ伝説の一曲となったのか」(2020年3月22日) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/270773/2
・文春オンライン 清水ミチコのコラム(文藝春秋2024年2月号) https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h7542
動画
・ちあきなおみ / 喝采 [オフィシャルオーディオ](ちあきなおみ Official YouTube Channel)https://www.youtube.com/watch?v=y1KP9qhC_78
・ちあきなおみ『喝采』(ちあきなおみ Official YouTube Channel)https://www.youtube.com/watch?v=0T3AQr9_JGw
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが音楽QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。