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No.82新着 天城越え(石川さゆり・1986年) 「この人にしか歌えない」を狙って作られ、カラオケでいちばん歌われる演歌になった

1986年7月21日発売。作詞の吉岡治、作曲の弦哲也、編曲の桜庭伸幸が伊豆・天城湯ケ島の宿に泊まり込んで作った。カラオケブームのなかで、あえて石川さゆりにしか歌えない難しい曲を、という狙いだった。発売時のオリコン最高位は46位にとどまったが、紅白で繰り返し歌われ、DAMでは1994〜2018年に最も歌われた演歌とされる。

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登録日時
2026年10月23日 21:10
出典を確かめた日
2026年10月23日
分野
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立場
くらさんの考察
タグ
演歌新着作詞家新着作曲家新着紅白歌合戦新着レコード大賞新着カラオケ新着女性と歌新着
歌手・曲
石川さゆり、天城越え、吉岡治、弦哲也
資料の種類
事典・概説
年代
1986年発売

本文と出典

あらまし

「天城越え」は1986年7月21日に日本コロムビアから出た石川さゆりのシングルである。作詞は吉岡治、作曲は弦哲也、編曲は桜庭伸幸、担当ディレクターは中村一好。B面は「隠れんぼ」で、これはデビュー曲の「かくれんぼ」とは別の曲である。同年の第28回日本レコード大賞で金賞を受けた。
この曲は、発売直後の売れ方と、その後の歌われ方の差が大きい。オリコンの最高位は46位で、大ヒットと呼べる数字ではなかった。ところが紅白歌合戦で何度も歌われるうちに石川さゆりの看板曲になり、カラオケでは演歌のなかで最も多く歌われる曲になった。「津軽海峡・冬景色」(1977年)と並ぶ、石川さゆりの二枚看板である。

主なできごと

・1985年 吉岡治・弦哲也・桜庭伸幸が静岡県天城湯ケ島町(現・伊豆市)の旅館「白壁荘」に2泊して制作
・1986年7月21日 シングル発売
・1986年 第28回日本レコード大賞金賞。第37回紅白歌合戦で初めて歌い、紅組のトリを務める
・2002年 第53回紅白で2度目の紅組トリ
・2007年以降 紅白では「津軽海峡・冬景色」と1年おきに交代で歌うようになる
・2008年 大リーグのイチロー選手が打席に入るときの曲に使う
・2015年3月26日 伊豆急行河津駅の発車メロディになる
・2016年・2018年 紅白で紅組トリ。この曲での紅組トリは通算4回

生まれたいきさつ:天城の宿で、難しい歌を

ウィキペディアによると、1985年、吉岡・弦・桜庭の3人は天城湯ケ島の温泉旅館「白壁荘」に2泊し、吉岡はあたりを歩いて詞の下書きを練ったとされる。テレビ東京「アド街ック天国」の2019年12月14日放送「伊豆天城」でも、白壁荘は「天城越え」が生まれた宿として紹介され、吉岡と弦が実際に天城を訪ねて作った曲だと触れられている。
作りの方針は、カラオケが広がるなかで、あえて「石川にしか歌えない、難易度の高い作品」にすることだったとされる。素人が気軽にまねできる曲がよく売れる時代に、逆を行ったことになる。弦哲也は、石川が初めて詞を見たときに戸惑い、その後一つずつ言葉と向き合って自分のものにしていったと語っている。

歌の内容を読む

舞台は伊豆の天城峠である。歌い手の女は、思いを寄せる男と峠を越えようとしている。ただし穏やかな道行きではない。相手をほかの誰にも渡したくないという強い執着、相手を傷つけてでも離さないという危うい気持ちが、激しい言葉で語られる。峠のまわりの地名や、山の天気、滝、花といった景色が次々に挙がり、女の気持ちの揺れと重なっていく。山越えの道のりそのものが、戻れない恋の深みにはまっていく過程として描かれていると読める。
吉岡治の詞は、優しい別れや耐える女ではなく、自分から踏み込んでいく女を描いた。演歌の女性像として、これはかなり激しい部類に入る。石川さゆりが初めて詞を見て戸惑ったという話も、この激しさを考えると分かる。

カラオケで歌うなら

ソロ曲で、デュエットではない。ウィキペディアによると、第一興商のDAMで、1994年4月から2018年までに最も歌われた演歌の1位、全曲のなかでも4位だった。作り手が「石川にしか歌えない」ことを狙った曲が、実際には最も多くの人に歌われた演歌になったわけである。
どこが難しいのかについて、作り手側の具体的な説明は見つけられなかった。スナックや宴会で歌われる演歌の定番であることは、上の順位から裏づけられる。

カバーの広がり

ウィキペディアには20を超えるカバーが並ぶ。舟木一夫(1997年)、森進一(2009年)、前川清(2019年)といった男性歌手、水森かおり、永井裕子、市川由紀乃ら後輩の演歌歌手のほか、中森明菜(2007年のアルバム『艶華 -Enka-』。インターネット投票で最もリクエストが多かった曲とされる)、ギタリストのマーティ・フリードマン、ロックバンドのPENICILLIN、ピアニストのハラミちゃん、声優の水瀬いのり(役名名義)まで幅が広い。演歌の枠を超えて「歌いがいのある曲」「弾きがいのある曲」として扱われていることが分かる。

評価の分かれる点

売上枚数は、確かめた範囲では出典が見つからなかった。オリコン最高46位という数字だけで「売れなかった」とは言えない。演歌は有線放送やカラオケ、長い期間の積み重ねで売れる分野であり、週間順位で測りにくいからである。

くらさんの考察

この曲の歩みは、ヒットの測り方が1980年代半ばに変わったことを示していると考えられる。発売した週にどれだけ売れたかではなく、紅白で何度も聴かれ、カラオケで何年も歌われることで、曲が「みんなの歌」になっていった。しかも、難しいことが敬遠の理由にならず、かえって挑む理由になった。カラオケが歌の上手下手を競う場でもあることを、作り手が見越していたのかは分からない。それでも、歌い手を選ぶ曲ほど長く歌われるという逆説が、この曲には表れていると考えられる。

ジージへの問いかけ

・1986年に出たときと、紅白で何度も聴いたあととで、この曲の印象は変わったでしょうか。
・「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」、石川さゆりの代表曲としてどちらが好みですか。その理由は何でしょうか。
・演歌の女性像は、耐える女から踏み込む女へ変わったと思いますか。

出典

・ウィキペディア「天城越え (曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/天城越え_(曲)
・テレビ東京「出没!アド街ック天国」伊豆天城(2019年12月14日放送) https://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/backnumber/20191214/

動画

・石川さゆり「天城越え」 LIVE Ver.(石川さゆり オンステージ 歌三昧 2015 in 博多座より)(TEICHIKU RECORDS)https://www.youtube.com/watch?v=jVkQm4Fpui8

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