No.217新着 浜口庫之助(ハマクラ) バンドの歌手から作り手に転じ、「バラが咲いた」から「人生いろいろ」まで30年にわたって書き続けた人
浜口庫之助(1917〜1990)は、バンド「アフロ・クバーノ」の歌手から1957年に作詞家・作曲家へ転じた。1966年に「星のフラメンコ」「バラが咲いた」で日本レコード大賞の作曲賞を受け、晩年の1987年には島倉千代子「人生いろいろ」が大ヒットした。曲ごとに歌手も年代も違う点が特徴で、歌い継がれる理由は資料から断定できず、くらさんの推測として述べる。カラオケの原曲キーなどは確かめられなかった。
本文と出典
あらまし
浜口庫之助(はまぐち・くらのすけ)は、愛称を「ハマクラ」という。1917年7月22日に兵庫県神戸市で生まれ、1990年12月2日に73歳で亡くなった。ウィキペディアは職業をシンガーソングライターとし、作詞・作曲の両方を手がけた人として載せている。
はじめはギターを弾く歌手だった。自分のバンドで3年続けて紅白歌合戦に出たのち、1957年に歌手をやめ、作り手に回った。その後は歌手の個性に合わせた曲を、世代の違う歌い手に書き分けた。
この記事では、代表曲をいくつか取り上げ、受賞と晩年の大ヒットを確かめたうえで、なぜ長く歌い継がれるのかをくらさんの考察として述べる。
主なできごと
・1917年7月22日 兵庫県神戸市に生まれる
・1936年 新宿の帝都ダンスホールでバンドボーイとなり、ギタリストとして活動を始める
・1953〜1955年 「浜口庫之助とアフロ・クバーノ」としてNHK紅白歌合戦に3年連続で出場
・1957年 バンドを解散して歌手活動をやめ、作詞家・作曲家へ転じる
・1959年 「黄色いさくらんぼ」(作曲、スリー・キャッツ)、「僕は泣いちっち」(作詞作曲、守屋浩)がヒット
・1966年4月5日 マイク真木「バラが咲いた」発売
・1966年12月24日 第8回日本レコード大賞で、「星のフラメンコ」(西郷輝彦)と「バラが咲いた」に対し作曲賞
・1967年2月 石原裕次郎「夜霧よ今夜も有難う」発売(映画の公開は同年3月11日)
・1968年7月1日 島倉千代子「愛のさざなみ」発売(作詞はなかにし礼)
・1972年2月5日 天地真理「ちいさな恋」発売(作詞は安井かずみ)
・1987年4月21日 島倉千代子「人生いろいろ」発売(作詞は中山大三郎)
・1990年12月2日 死去。同年、文化庁からの叙勲の打診を辞退したとされる
資料から分かること:歌手から作り手へ
ウィキペディアによれば、浜口は1936年にダンスホールのバンドボーイとなり、ギタリストとして活動した。1939年に青山学院高等商学部へ入り、1942年9月に繰り上げ卒業すると、ジャワ島マランで勤務した。復員は1946年5月で、その後は東京で進駐軍相手に演奏した。
戦後は自分のバンド「アフロ・クバーノ」を率い、1953年から1955年まで3年連続で紅白歌合戦に出ている。1957年に歌手をやめた理由として、同じ記事は、新宿コマ劇場で見た海外の舞踊団の公演をきっかけに、日本人が自国の曲を作るべきだと考えたことを挙げる。ただし、これは本人の著書『ハマクラの音楽いろいろ』(朝日新聞出版、1991年)に基づく記述とみられ、今回その書籍そのものは確かめていない。
資料から分かること:1959年から1960年代の曲
転向後の最初の山は1959年である。「僕は泣いちっち」は、同年9月15日に日本コロムビアから出た守屋浩の曲で、作詞も作曲も浜口が担当した。ウィキペディアによると、累計の売上は1968年時点で38万枚とされる。題の「〜ちっち」は関西の人が聞いた関東の言葉をまねた形で、実在の言い回しではないという。1960年には日活で同名の映画も作られた。
「バラが咲いた」は、1966年4月5日に出たマイク真木のデビュー曲である。ウィキペディアによれば、浜口は『星の王子さま』のバラの話から着想を得て、最初はジョニー・ティロットソンに向けて書いた。新興音楽出版の草野昌一がマイク真木に渡し、二つの版が競うように1966年に出たという。累計売上は1968年時点で80万枚とされる。NHK「みんなのうた」でも1966年6〜7月に放送された。同記事は、日本ビクターの制作で、レコードの原盤権が確立され専属作家制が衰えるきっかけの一つになったとも書く。
同じ年の12月24日、第8回日本レコード大賞(日比谷公会堂)で、浜口は「星のフラメンコ」と「バラが咲いた」に対して作曲賞を受けた。この回の大賞は橋幸夫「霧氷」だった。
資料から分かること:石原裕次郎、天地真理、島倉千代子
「夜霧よ今夜も有難う」は、石原裕次郎の代表曲の一つである。ウィキペディアの映画の項目は、曲が1967年2月に帝国音楽産業(テイチク)から出て、映画は同年3月11日に公開されたと書く。日刊ゲンダイDIGITAL(2020年3月16日)は、裕次郎がゴルフ場で一緒になった浜口に直接頼み、浜口が「二つ返事で引き受けた」と伝える。
1972年2月5日発売の天地真理「ちいさな恋」は、作曲が浜口、作詞が安井かずみである。オリコン調べで約54.7万枚、会社発表の累計は90万枚とされる。1972年3月13日付で週間1位となり、4週続いた。1972年の年間では9位だった。
島倉千代子とは、1968年の「愛のさざなみ」で組んだ。作詞はなかにし礼で、デビュー15周年の記念曲である。オリコン週間20位に2週連続で入り、100万枚の大ヒットとされるが、ウィキペディアは数え方を書いていない。第10回日本レコード大賞の特別賞を受け、紅白でも歌われた。
資料から分かること:晩年の「人生いろいろ」
1987年4月21日発売の「人生いろいろ」は、作詞が中山大三郎、作曲が浜口、編曲が竜崎孝路である。TBSのドラマ『三どしま』の主題歌として作られた。原曲は、浜口が函館の街を思って書いた「坂のある町」だったという。曲名は当初「笑いばなしにして」の予定で、録音の場で担当者の判断により分かりやすい題に改められ、B面の「花ごよみ」からA面に回った。
オリコン週間の最高は16位で、累計売上は130万枚とされる。ウィキペディアは数え方を記していない。受賞は、第20回日本作詩大賞、第29回日本レコード大賞の作詞賞(以上1987年)、第30回日本レコード大賞の金賞と最優秀歌唱賞(1988年)などである。浜口自身の賞ではなく、歌唱や作詞に出た賞が多い点に注意したい。
島倉は1957年から30回連続で紅白に出ていたが、1987年は辞退した。同年、浜口は病気療養中で、辞退を聞いた浜口は「紅白で『人生いろいろ』が聞けないのか」と返したと島倉が明かしている。島倉は1988年の第39回で復帰し、この曲を歌った。
カラオケで歌うなら
DAM・JOYSOUNDの公式の原曲キー、音域、難易度、歌われ方の順位は、今回の調査では確かめられなかった。曲ごとに歌手も時代も違うため、歌いたい曲の曲番号を機器で検索し、原曲キーを見てから選ぶのが確実である。ウィキペディアによれば、「バラが咲いた」は2016年から、JR常磐線の石岡駅で電車の発車メロディに使われている。
評価の分かれる点
「夜霧よ今夜も有難う」の制作時期は、資料で食い違う。ウィキペディアは1966年に浜口が作詞作曲したと書くが、日刊ゲンダイは1967年に裕次郎がゴルフ場で依頼したと伝える。どちらが正しいかは、今回確かめられなかった。
売上も数え方で違う。「ちいさな恋」にはオリコン調べと会社発表の差があり、「愛のさざなみ」と「人生いろいろ」の100万枚・130万枚は集計元が不明である。この記事では、元の資料に書かれた数字をそのまま載せた。
くらさんの考察
以下は資料にもとづくくらさんの推測である。
浜口の曲が長く残る理由の一つは、歌手ごとに別の曲調を使い分けた点にあると考えられる。「バラが咲いた」のフォーク調、「夜霧よ今夜も有難う」の映画主題歌、「ちいさな恋」のアイドル曲、「人生いろいろ」の演歌寄りの曲と、歌い手と時代は変わるが、書いたのは同じ人である。聴き手が作り手の名前を知らなくても、曲が先に覚えられたのだろう。
もう一つは、自分で歌手をやっていた経験である。ギターを弾き、舞台で歌った人だから、歌い手が声を出しやすい音の動きをつかんでいたとも考えられるが、これは資料に書かれた説ではない。
晩年の「人生いろいろ」の受賞が作詞賞と歌唱賞に集まったことは、この曲が詞と歌い手の力で支えられた面を示すとも読める。ただし作曲者の貢献を軽く見るという意味ではなく、賞の対象が違うだけと考えるのが無理のない見方だろう。
ジージへの問いかけ
・浜口庫之助の曲で、いちばん最初に口ずさんだのはどの曲だったでしょうか。
・「バラが咲いた」「ちいさな恋」「人生いろいろ」のように、歌い手も年代も違う曲が同じ人の作品だと、知っていましたか。
・カラオケで浜口の曲を歌うとき、昔のヒットと晩年のヒットで歌い心地は違うと思いますか。
出典
・ウィキペディア「浜口庫之助」 https://ja.wikipedia.org/wiki/浜口庫之助
・ウィキペディア「第8回日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/第8回日本レコード大賞
・ウィキペディア「バラが咲いた」 https://ja.wikipedia.org/wiki/バラが咲いた
・ウィキペディア「僕は泣いちっち」 https://ja.wikipedia.org/wiki/僕は泣いちっち
・ウィキペディア「夜霧よ今夜も有難う」(映画の項目) https://ja.wikipedia.org/wiki/夜霧よ今夜も有難う
・ウィキペディア「愛のさざなみ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/愛のさざなみ
・ウィキペディア「ちいさな恋」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ちいさな恋
・ウィキペディア「人生いろいろ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/人生いろいろ
・日刊ゲンダイDIGITAL(2020年3月16日) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/270465
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが音楽QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。