No.202新着 古賀政男 マンドリン倶楽部の学生が、ギターの響きで昭和の流行歌の型を作った
古賀政男は1904年に福岡県で生まれ、朝鮮で少年時代を送り、明治大学マンドリン倶楽部で作曲を始めた。1931年の「酒は涙か溜息か」から1966年の美空ひばり「悲しい酒」まで、約40年にわたって流行歌を書き、その旋律は「古賀メロディー」と呼ばれた。日本作曲家協会の初代会長を務め、没後、音楽家として初めて国民栄誉賞を受けた。
本文と出典
あらまし
古賀政男(本名 古賀正夫)は、1904年に福岡県で生まれ、1978年に73歳で亡くなった作曲家である。大学のマンドリン倶楽部で弾いていた学生が、昭和の初めにレコード会社の専属作曲家となり、藤山一郎の「酒は涙か溜息か」から美空ひばりの「悲しい酒」まで、約40年にわたってヒット曲を書いた。作品数は約4,000曲とも5,000曲ともいわれ、事典によって違う。後半生は日本作曲家協会の初代会長として、作曲家の立場を守る側にも立った。
主なできごと
・1904年 11月18日、福岡県三潴郡田口村(現・大川市)に生まれる
・1912年 母や兄弟と、朝鮮の仁川に住む長兄のもとへ移る
・1917年 京城善隣商業学校に入学。大阪の兄からマンドリンを贈られ、音楽家を志す
・1923年 明治大学予科に入学し、マンドリン倶楽部の創設に加わる
・1929年 明治大学商学部を卒業。6月の倶楽部定期演奏会で「影を慕いて」をギター合奏曲として発表
・1931年 1月、佐藤千夜子の歌う「影を慕いて」がビクターから出るが、あまり売れない。コロムビアの専属作曲家となり、9月に「酒は涙か溜息か」、12月に「丘を越えて」(歌 藤山一郎)
・1932年 3月、藤山一郎の「影を慕いて」がコロムビアから出てヒットする
・1934年 テイチクに移り、文芸部をつくる
・1938年 音楽親善使節としてハワイ、アメリカ、アルゼンチンを訪れる
・1939年 再びコロムビアの専属作曲家となる
・1948年 7月、「湯の町エレジー」(歌 近江俊郎)
・1958年 11月30日、日本作曲家協会が発足し、初代会長となる
・1964年 11月、美空ひばり「柔」
・1965年 「柔」が第7回日本レコード大賞の大賞を受ける
・1966年 6月、美空ひばり「悲しい酒」
・1974年 広島平和音楽祭を開く
・1978年 7月25日、東京・代々木の自宅で死去。8月4日、国民栄誉賞(王貞治に次ぐ2人目)
・1979年 1月18日、古賀政男音楽文化振興財団が設立される
・1997年 渋谷区上原の私邸の跡に古賀政男音楽博物館が開館する
マンドリンとギターから出発した
古賀は1910年に父を亡くし、少年時代を朝鮮の仁川と京城で送った。博物館の年譜によると、仁川でいとこから大正琴をもらい、京城の商業学校に入った年に兄からマンドリンを贈られている。音楽学校には進まず、明治大学でマンドリン倶楽部の創設に加わり、そこで作曲を始めた。
初期の代表作には、倶楽部の合奏曲として生まれたものがある。「影を慕いて」は1929年の定期演奏会でギター合奏曲として発表され、「丘を越えて」も、もとは倶楽部のために書いた「ピクニック」という合奏曲である。世界大百科事典は、古賀の作風を、日本的な旋律に西洋風の和声やリズム、ギターの音色を合わせたものと説明している。
「酒は涙か溜息か」の作り方
「酒は涙か溜息か」の詞は、北海道の新聞記者だった高橋掬太郎がコロムビアに送ったものである。ウィキペディアによると、古賀は七五調の短い詞に曲をつけるのに苦しみ、ギターで三味線の曲や民謡を弾きながら節を探した。世界大百科事典は、この曲でギターを三味線のように使い、歌謡曲とギターを強く結びつけたと書く。
歌った藤山一郎は、東京音楽学校でクラシックを学ぶ学生だった。楽譜の音域が低くて歌いにくかったため、マイクに向かってささやくように歌う方法を取り入れたとされ、日本で最初のクルーナー唱法の録音として知られる。売上は1932年2月末までに約80万枚とされる(ウィキペディアが著作権の判例集を出典に挙げる数字)。
「古賀メロディー」とは何か
「古賀メロディー」は、古賀の曲全体を指す呼び名として使われてきた。事典の説明を並べると、精選版日本国語大辞典は「哀愁を帯びた節回し」、ブリタニカは中山晋平のヨナ抜き節を受け継ぎ哀愁を加えた作風、山川日本史小辞典はギターを基調にした曲と書く。一方で世界大百科事典は、悲しい曲だけでなく「丘を越えて」「青い背広で」のような明るい曲や、「ああ、それなのに」のような滑稽な曲も書いたと述べている。
戦後と美空ひばり
戦後最初の大きなヒットは1948年の「湯の町エレジー」である。会社からは「湯の町ブルース」の題で頼まれたが、できた曲がブルース調にならず題を変えたという。ギター伴奏は古賀自身と弟子が弾いた。売上は発売当時40万枚(43万枚とも)で、当時の戦後最高とされ、1971年までの累計は約400万枚とされる。
1964年の「柔」(作詞 関沢新一)は、同名のテレビドラマの主題歌で、柔道が正式種目になった東京オリンピックと同じ年に出た。半年足らずで180万枚以上を売ったと長田暁二の本が書き、2019年のデイリースポーツは195万枚とする。1966年の「悲しい酒」(作詞 石本美由起)は、もとは1960年に北見沢惇が歌った曲を、佐伯亮が編曲し直したものである。売上は145万枚とされ、ひばりのシングルでは3番目に多い。ひばりはこの歌を歌うとき涙を流し、幼いころのつらい出来事を思い出していたと語った。
作曲家の団体と、残したもの
日本作曲家協会の公式ページによると、協会は1958年11月30日に発足し、古賀は1978年まで会長を務めた。目的には作曲家の社会的地位と著作権を守ることが掲げられた。20世紀日本人名事典は、1964年に日本音楽著作権協会の会長も務めたと記す。国民栄誉賞の理由は、nippon.com の一覧では「古賀メロディー」の作曲による業績である。
渋谷区上原の古賀政男音楽博物館は、私邸の書斎と日本間を移築して見せ、1,000曲以上の古賀メロディーを試聴できる。2階には作詩家・作曲家・歌手らを顕彰する「大衆音楽の殿堂」があり、地下にはカラオケスタジオ(30分300円)もある。
カラオケで歌うなら
カラオケDAM の2025年「演歌・歌謡」年間ランキングでは、「柔」が52位、「悲しい酒」が94位に入っている。「影を慕いて」「湯の町エレジー」は100位までに出てこない。このランキングで見る限り、今も歌われている古賀メロディーは、ひばりが歌った戦後の曲である。JOYSOUND の2025年年代別ランキングでは、いちばん上の60代の上位20曲にも古賀の曲は入っていない。
評価の分かれる点
年の数え方が資料で食い違う。コロムビア入りは1930年(ブリタニカ、日本人名大辞典)と1931年(博物館、ウィキペディア)、「影を慕いて」の発表は1928年とする事典と1929年とする資料がある。日本作曲家協会の設立も、協会は1958年、博物館の年譜は1959年とする。作品数も約4,000曲と5,000曲に分かれる。
古賀メロディーと演歌の関係も断定できない。ウィキペディア「演歌」は、ヨナ抜きの音階が古賀メロディーで定着したとし、「柔」「悲しい酒」のころから、のちに演歌と分類されるひばりの曲が始まったとする。一方で同じ記事は、ヨナ抜きは演歌以外の曲にも多く使われたこと、「演歌」という呼び名がジャンルとして定着したのは1970年ごろであることも書いている。朝鮮で過ごした少年時代に朝鮮民謡の影響を受けたとする見方(世界大百科事典)も、本人の言葉で確かめたものではない。
くらさんの考察
古賀の強みは、ギターという一つの楽器で、三味線の節回しと西洋の和声の両方を鳴らせたことにあると考えられる。それが、蓄音機とマイクの時代に、家で聞いて口ずさめる歌の型になったのだろう。戦後はその型を、ひばりの声という大きな器に移した。今のカラオケに残るのが戦後の「柔」「悲しい酒」だけになりつつあるのは、戦前の曲を知る世代が少なくなったためと考えられる。
ジージへの問いかけ
・ジージが初めて覚えた古賀メロディーは、藤山一郎の歌でしょうか、美空ひばりの歌でしょうか。
・「悲しい酒」と「柔」では、カラオケで歌いやすいのはどちらだと思いますか。
・古賀メロディーを「演歌」と呼ぶことに、ジージは違和感がありますか。
出典
・古賀政男音楽博物館「古賀政男を知る」 https://www.koga.or.jp/about/index.html
・古賀政男音楽博物館「館内のご案内」 https://www.koga.or.jp/information/index.html
・古賀政男音楽博物館「財団について」 https://www.koga.or.jp/foundation/index.html
・日本作曲家協会「協会のご案内」 https://www.jacompa.or.jp/about/
・コトバンク「古賀政男」 https://kotobank.jp/word/古賀政男-170984
・nippon.com「国民栄誉賞の受賞者一覧」 https://www.nippon.com/ja/features/h20001/
・ウィキペディア「古賀政男」 https://ja.wikipedia.org/wiki/古賀政男
・ウィキペディア「酒は涙か溜息か」 https://ja.wikipedia.org/wiki/酒は涙か溜息か
・ウィキペディア「丘を越えて」 https://ja.wikipedia.org/wiki/丘を越えて
・ウィキペディア「影を慕いて」 https://ja.wikipedia.org/wiki/影を慕いて
・ウィキペディア「湯の町エレジー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/湯の町エレジー
・ウィキペディア「柔 (美空ひばりの曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/柔_(美空ひばりの曲)
・ウィキペディア「悲しい酒」 https://ja.wikipedia.org/wiki/悲しい酒
・ウィキペディア「演歌」 https://ja.wikipedia.org/wiki/演歌
・カラオケDAM「演歌・歌謡 年間ランキング」2025年 https://www.clubdam.com/genre/enka/ranking_year.html
・JOYSOUND「2025年 年代別カラオケ年間ランキング」 https://www.joysound.com/web/s/karaoke/feature/annual_age_2025
動画
・酒は涙か溜息か(Ichiro Fujiyama - Topic)https://www.youtube.com/watch?v=iPIr-27Iqdg
・古賀政男記念館ふれあいコンサート by古賀メロディーギターアンサンブル(古賀政男記念館 Koga Masao memorial hall)https://www.youtube.com/watch?v=e7E6UIDf8-A
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが音楽QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。