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No.5新着 1980年代の歌 聖子と明菜、ザ・ベストテン、そしてCDとカラオケボックス

1980年代は、松田聖子と中森明菜を頂点とするアイドル歌謡の時代で、TBS『ザ・ベストテン』が毎週の順位をテレビで見せた。山下達郎や大滝詠一らの都会的な音楽(のちにシティポップと呼ばれる)が売れ、演歌は「北酒場」のような明るい曲やテレサ・テンの歌で幅を広げた。1982年にCDが登場し、レーザーディスクのカラオケとカラオケボックスで、歌う場所が酒場の外へ広がった。

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登録日時
2026年10月23日 21:17
出典を確かめた日
2026年10月23日
分野
1980年代
立場
くらさんの考察
タグ
アイドル新着シティポップ新着演歌新着歌謡曲新着ヒットチャート新着レコード大賞新着作詞家新着カラオケ新着数字・統計新着
歌手・曲
松田聖子、中森明菜、松本隆、テレサ・テン、細川たかし、セーラー服と機関銃
資料の種類
事典・概説
年代
1980〜1989年

本文と出典

あらまし

1980年、松田聖子が「裸足の季節」でデビューし、同じ年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで、オリコン週間1位を24曲続けた。1982年には『スター誕生!』出身の中森明菜が「スローモーション」でデビューし、1985・86年と2年続けて日本レコード大賞を取った。二人の新曲は、毎週木曜の『ザ・ベストテン』で何位に入るかが話題になった。
この時代は、作り手の顔ぶれも変わった。聖子の曲は作詞家の松本隆を中心に、松任谷由実(呉田軽穂の名で)、大瀧詠一、細野晴臣といったニューミュージックやロックの人たちが書いた。1981年には寺尾聰『Reflections』と大滝詠一『A LONG VACATION』がアルバム年間チャートの1・2位に並ぶ。演歌では細川たかしの「北酒場」が軽快な曲調でレコード大賞を取り、テレサ・テンは有線放送の大賞を3年続けた。

主なできごと

・1980年 松田聖子デビュー。山口百恵が引退
・1981年 寺尾聰「ルビーの指環」がレコード大賞。薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」。『ザ・ベストテン』が最高視聴率41.9%
・1982年 中森明菜デビュー。細川たかし「北酒場」がレコード大賞。CDとCDプレーヤー発売(10月1日)。レーザーディスクのカラオケ登場
・1983年 細川たかし「矢切の渡し」がレコード大賞
・1984年 竹内まりや「プラスティック・ラヴ」
・1985年 中森明菜「ミ・アモーレ」がレコード大賞。コンテナを使ったカラオケボックスが現れる
・1986年 中森明菜「DESIRE -情熱-」がレコード大賞。テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」。石川さゆり「天城越え」。CDの販売枚数がLPを上回る
・1987年 JASRACがカラオケの著作権管理を始める
・1988年 カラオケボックスのブームが本格化
・1989年 『ザ・ベストテン』終了(9月)。美空ひばり死去

ザ・ベストテンとアイドル

『ザ・ベストテン』は1978年から1989年まで、黒柳徹子と久米宏の司会で放送された。順位はレコードの売上、有線放送、ラジオ、はがきのリクエストを点数にして決めた。一方で、中島みゆきは初回で4位に入りながら出演を断り、松山千春は初出演の場で、テレビで歌うのはこれが最初で最後だと語った。
中森明菜は『スター誕生!』で、山口百恵の曲を歌って392点という番組最高点を出した人である。2曲目の「少女A」で人気を固め、井上陽水の「飾りじゃないのよ涙は」、玉置浩二作曲の「サザン・ウインド」も歌った。

シティポップと、変わる演歌

シティポップは、1970年代後半からレコード会社や雑誌が使った宣伝の言葉で、洋楽、とくにアメリカの音楽の影響を受けた都会的な音楽を指す。厳密な定義はない。山下達郎、竹内まりや、大貫妙子、大滝詠一らが挙げられる。
演歌も80年代に姿を変えた。「北酒場」は演歌というより軽い歌謡曲に近い曲調で、ベースには演歌には珍しい弾き方が使われている。テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」(作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかし)は、日本有線大賞と全日本有線放送大賞で3年続けてグランプリを取った。

CDとカラオケの広がり

1982年10月1日、ソニーがCDプレーヤーを、CBS・ソニーが約50タイトルのCDを発売した。1986年にはCDの販売枚数がLPを上回る。カラオケも同じころ、レーザーディスクで映像と歌詞が画面に出るようになった。全国カラオケ事業者協会の年表では、1985年にコンテナを使ったカラオケボックスが現れ、1988年にブームが本格化した。1989年には個室であることが問題視され、地域ごとに団体ができている。

カラオケで歌うなら

JOYSOUNDの2025年年代別ランキングでは、50代と60代の1位がそろって「セーラー服と機関銃」(薬師丸ひろ子)だった。同じ曲を作曲者の来生たかおが歌った「夢の途中」も、50代で7位、60代で3位に入る。50代の上位には中森明菜「スローモーション」、レベッカ「フレンズ」があり、60代の上位には高橋真梨子「桃色吐息」、安全地帯「ワインレッドの心」が並ぶ。DAMの2025年「演歌・歌謡」年間では「天城越え」が2位、「時の流れに身をまかせ」が3位、「つぐない」が6位である。

評価の分かれる点

シティポップは後から付いた呼び名で、どの曲を含めるかは定まっていない。「北酒場」を演歌と呼ぶか歌謡曲と呼ぶかも、見る人によって違う。

くらさんの考察

80年代の歌が今の50代・60代のカラオケの中心にあるのは、この世代がカラオケボックスで歌い始めた最初の世代だからと考えられる。酒場ではなく、友だちと個室で歌う経験が、アイドル歌謡や都会的な歌を「自分の持ち歌」にしたのだろう。演歌が明るくなり、歌謡曲との境目が薄れたのも、カラオケで歌われることを意識した変化と考えられる。

ジージへの問いかけ

・松田聖子と中森明菜、ジージはどちらの歌に心ひかれましたか。
・カラオケボックスができたとき、酒場で歌うのとは何が違うと感じましたか。
・テレサ・テンの歌が日本でこれほど歌われるのは、なぜだと思いますか。

出典

・ウィキペディア「松田聖子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/松田聖子
・ウィキペディア「中森明菜」 https://ja.wikipedia.org/wiki/中森明菜
・ウィキペディア「ザ・ベストテン」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ザ・ベストテン
・ウィキペディア「シティ・ポップ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/シティ・ポップ
・ウィキペディア「北酒場」 https://ja.wikipedia.org/wiki/北酒場
・ウィキペディア「時の流れに身をまかせ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/時の流れに身をまかせ
・ウィキペディア「セーラー服と機関銃 (曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/セーラー服と機関銃_(曲)
・ウィキペディア「天城越え」 https://ja.wikipedia.org/wiki/天城越え
・ウィキペディア「日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本レコード大賞
・ウィキペディア「コンパクトディスク」 https://ja.wikipedia.org/wiki/コンパクトディスク
・ウィキペディア「カラオケ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/カラオケ
・全国カラオケ事業者協会「カラオケ歴史年表」 https://www.karaoke.or.jp/03nenpyo/
・JOYSOUND公式「2025年 年代別カラオケ年間ランキング」 https://www.joysound.com/web/s/karaoke/feature/annual_age_2025
・カラオケDAM公式「演歌・歌謡のカラオケ年間ランキング」 https://www.clubdam.com/genre/enka/ranking_year.html

動画

・松田聖子「赤いスイートピー」(Seikoland 武道館ライヴ '83 より)(Sony Music (Japan))https://www.youtube.com/watch?v=GKDwtvOTsDE
・【公式】中森明菜「少女A(from『はじめまして』)」【2ndシングル(1982年7月28日発売)】Akina Nakamori /Shojyo A(Warner Music Japan)https://www.youtube.com/watch?v=pNNn0izjwDI

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