No.4新着 1970年代の歌 フォークが大衆の歌になり、阿久悠と筒美京平が歌謡曲を磨いた
1970年代は、若者の弾き語りだったフォークがヒットチャートに入り、やがてニューミュージックへ変わっていった時代である。同時に、作詞家・阿久悠と作曲家・筒美京平が職業作家として歌謡曲の黄金期を支え、オーディション番組『スター誕生!』から山口百恵やピンク・レディーが出た。演歌も「北の宿から」「津軽海峡・冬景色」の大ヒットを生み、スナックではカラオケが広がり始めた。
本文と出典
あらまし
1970年代の歌は、二つの流れが並んで進む。一つは、自分で曲を作って歌う若者の音楽である。吉田拓郎の「結婚しようよ」(1972年)は、反体制の歌と見られていたフォークを、個人の暮らしを歌うポップスとしてヒットチャートに乗せた。1973年の「神田川」はさらに広く売れた。70年代半ばからは、ロックや洋楽の響きを取り入れたシンガーソングライターたちが「ニューミュージック」と呼ばれる。
もう一つは、作詞家・作曲家・歌手が分業する歌謡曲である。阿久悠と筒美京平がその中心で、テレビのオーディション番組『スター誕生!』が新しい歌手を次々に送り出した。演歌も都はるみ、石川さゆりらのヒットが続く。この時代にスナックや宴会場にカラオケが置かれ、聞く歌を自分で歌う習慣が生まれた。
主なできごと
・1971年 尾崎紀世彦「また逢う日まで」(作詞・阿久悠、作曲・筒美京平)が日本レコード大賞。日本テレビ『スター誕生!』始まる(〜1983年)。井上大佑が8トラックのカラオケ機を作ったとされる(本人の主張)
・1972年 吉田拓郎「結婚しようよ」。ちあきなおみ「喝采」がレコード大賞。宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」
・1973年 南こうせつとかぐや姫「神田川」。山口百恵デビュー
・1975年 フォーライフ・レコード設立。太田裕美「木綿のハンカチーフ」
・1976年 子門真人「およげ!たいやきくん」がオリコン史上初の400万枚に。都はるみ「北の宿から」がレコード大賞。ピンク・レディー「ペッパー警部」でデビュー
・1977年 石川さゆり「津軽海峡・冬景色」。沢田研二「勝手にしやがれ」がレコード大賞
・1978年 TBS『ザ・ベストテン』始まる。ピンク・レディー「UFO」がレコード大賞。8トラカラオケの全盛期
・1979年 ジュディ・オング「魅せられて」(作曲・筒美京平)がレコード大賞
フォークからニューミュージックへ
「結婚しようよ」はオリコンで約42万枚、週間最高3位である。数字だけを見れば大ヒットではないが、フォークが一部の若者の音楽から、広く聞かれる音楽になる転換点とされる。「神田川」(作詞・喜多條忠、作曲・南こうせつ)は、1978年時点のオリコン調べで131万枚とされる。
ニューミュージックという言葉の起こりははっきりしない。1975年にフォーライフ・レコードが設立されたことで一気に広まったとされ、1977年版の『現代用語の基礎知識』に載った。荒井由実、中島みゆき、オフコース、アリス、さだまさしらが代表とされ、フォークの思想性や生活感を薄め、音作りを洗練させ、アルバムに力を入れた点がフォークとの違いとされる。
阿久悠と筒美京平の時代
阿久悠は5,000曲以上を書き、レコード大賞の大賞曲は5曲で、作詞家として最多である。1977年には阿久の詞の曲がオリコン1位を25週続けた。『スター誕生!』では企画と審査を担い、芸能事務所が欲しい新人に札を挙げる公開の選考を考えた。筒美京平はオリコン調べで作曲作品の総売上7,560万枚あまりと、作曲家で歴代1位である。1968年の「ブルー・ライト・ヨコハマ」から1979年の「魅せられて」まで、年間の作曲家売上1位を10回取っている。
『スター誕生!』からは森昌子、桜田淳子、山口百恵の「花の中三トリオ」、ピンク・レディー、岩崎宏美らが出た。山口百恵は1976年の「横須賀ストーリー」から阿木燿子・宇崎竜童の曲を歌い、1980年に引退した。ピンク・レディーはオリコン1位を9作続け、「UFO」はオリコン調べ約155万枚である。
演歌の大ヒット
「女のみち」はオリコンで325万枚と、演歌系の歌として大きな数字を残した。「北の宿から」(作詞・阿久悠)、「津軽海峡・冬景色」(作詞・阿久悠、作曲・三木たかし)も、阿久悠が演歌でも力を持っていたことを示す。
カラオケで歌うなら
「津軽海峡・冬景色」は、JOYSOUNDの「演歌/歌謡曲」ランキングで2024年・2025年の年間、2026年上半期と1位を続けている。DAMの2025年「演歌・歌謡」年間でも1位で、70年代の歌が今のカラオケの演歌の頂点にある。全国カラオケ事業者協会の年表によれば、70年代のカラオケは8トラックのテープで、1975〜77年ごろから社交場に広がった。ウィキペディアは、スナックやホテルの宴会場の余興として普及し、収録曲は演歌が多かったとしている。
評価の分かれる点
どこからをニューミュージックと呼ぶかは、文献によって線引きが違う。吉田拓郎や井上陽水をフォークに入れるか、ニューミュージックに入れるかも、書き手によって分かれる。
くらさんの考察
70年代は、「自分で作る歌」と「職人が作る歌」の両方が最も強かった時代と考えられる。カラオケが同じ時期に生まれたのは偶然ではないかもしれない。テレビで覚えた歌を、酒場で自分の声で歌い直す習慣がここで始まり、そのとき選ばれたのが演歌だった。「津軽海峡・冬景色」が今も1位なのは、その習慣の名残と考えられる。
ジージへの問いかけ
・ジージは70年代、フォークと演歌のどちらをよく口ずさんでいましたか。
・『スター誕生!』のように、テレビで素人が歌手になっていく番組をどう見ていましたか。
・スナックで初めてカラオケを歌ったのは、いつごろで、どんな曲でしたか。
出典
・ウィキペディア「結婚しようよ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/結婚しようよ
・ウィキペディア「神田川 (曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/神田川_(曲)
・ウィキペディア「ニューミュージック」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ニューミュージック
・ウィキペディア「阿久悠」 https://ja.wikipedia.org/wiki/阿久悠
・ウィキペディア「筒美京平」 https://ja.wikipedia.org/wiki/筒美京平
・ウィキペディア「スター誕生!」 https://ja.wikipedia.org/wiki/スター誕生!
・ウィキペディア「山口百恵」 https://ja.wikipedia.org/wiki/山口百恵
・ウィキペディア「ピンク・レディー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ピンク・レディー
・ウィキペディア「津軽海峡・冬景色」 https://ja.wikipedia.org/wiki/津軽海峡・冬景色
・ウィキペディア「日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本レコード大賞
・ウィキペディア「オリコンチャート」 https://ja.wikipedia.org/wiki/オリコンチャート
・ウィキペディア「ミリオンセラー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ミリオンセラー
・ウィキペディア「カラオケ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/カラオケ
・全国カラオケ事業者協会「カラオケ歴史年表」 https://www.karaoke.or.jp/03nenpyo/
・JOYSOUND公式「2025年JOYSOUNDカラオケ年間ランキング」 https://www.joysound.com/web/s/karaoke/contents/annual_ranking/2025
・JOYSOUND公式「2026年JOYSOUNDカラオケ上半期ランキング」 https://www.joysound.com/web/s/karaoke/feature/ranking/2026-half
・カラオケDAM公式「演歌・歌謡のカラオケ年間ランキング」 https://www.clubdam.com/genre/enka/ranking_year.html
動画
・結婚しようよ(Takuro Yoshida - Topic)https://www.youtube.com/watch?v=iKhdsHs-_-g
・UFO(PINK LADY - Topic)https://www.youtube.com/watch?v=uhuZlJEcd28
関連動画
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