No.2新着 戦後の歌謡曲(1945〜1959) 焼け跡の明るい歌から、ひばりと望郷の歌へ
敗戦の年の秋、映画『そよかぜ』の「リンゴの唄」が戦後最初のヒットになった。笠置シヅ子のブギ、少女歌手・美空ひばりの登場、「三人娘」と、明るくはずむ歌が続く一方、シベリア帰りの兵の「異国の丘」や、三橋美智也・春日八郎の故郷を思う歌も多くの人に歌われた。紅白歌合戦(1951年)と日本レコード大賞(1959年)もこの時代に始まる。
本文と出典
あらまし
1945年10月に公開された松竹映画『そよかぜ』の主題歌・挿入歌「リンゴの唄」(作詞・サトウハチロー、作曲・万城目正、歌・並木路子)は、「戦後のヒット曲第1号」とされる。ここから戦後の歌謡曲が始まる。
その代表が、服部良一の曲を笠置シヅ子が歌ったブギである。1948年発売の「東京ブギウギ」で笠置は「ブギの女王」と呼ばれた。翌1949年には11歳の美空ひばりがレコードデビューし、映画と主題歌で国民的な人気を得る。一方で、戦地や抑留先から帰れない人、地方から都会に出てきた人の思いを歌う曲もヒットした。明るい歌と、故郷を思う歌の二本立てが、この時代の歌謡曲の姿である。
主なできごと
・1945年 映画『そよかぜ』公開(10月)。主題歌が「リンゴの唄」
・1946年 「リンゴの唄」のレコード発売(1月)。NHKの「国民歌謡」が「ラジオ歌謡」として復活する
・1948年 笠置シヅ子「東京ブギウギ」発売(1月)。岡晴夫「憧れのハワイ航路」。「異国の丘」がNHKのど自慢で歌われ、9月にレコード化
・1949年 美空ひばりが「河童ブギウギ」でデビュー。「悲しき口笛」。藤山一郎・奈良光枝「青い山脈」
・1950年 美空ひばり「東京キッド」
・1951年 第1回NHK紅白歌合戦(1月3日、ラジオ)
・1952年 美空ひばり「リンゴ追分」。サンフランシスコ講和条約で軍歌の禁止が終わる
・1953年 紅白歌合戦が第4回から大晦日の番組になる
・1954年 春日八郎「お富さん」。岡本敦郎「高原列車は行く」
・1955年 ひばり・江利チエミ・雪村いづみが映画『ジャンケン娘』で共演し「三人娘」に。三橋美智也「おんな船頭唄」。春日八郎「別れの一本杉」
・1956年 三橋美智也「リンゴ村から」「哀愁列車」
・1957年 笠置シヅ子が歌手をやめ女優に専念すると公表。フランク永井「有楽町で逢いましょう」
・1959年 第1回日本レコード大賞(水原弘「黒い花びら」)。三橋美智也「古城」
ブギの女王と少女歌手
笠置シヅ子は松竹楽劇団時代の1938年に服部良一と出会い、地声で歌う歌い方を仕込まれた。戦後は「東京ブギウギ」のあと「買物ブギー」など多くのブギを出した。1957年に歌手をやめたのは、最盛期の姿を残したかったからだと本人は語っている。2023年度後期のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』は笠置をモデルにしたドラマで、音楽は服部良一の孫の服部隆之が担当した。
美空ひばりは、ブギを歌う少女として世に出た。2019年時点の売上は「東京キッド」が約120万枚、「リンゴ追分」が約140万枚とされる。1955年には江利チエミ、雪村いづみと「三人娘」と呼ばれ、映画で共演した。
望郷の歌と紅白
「異国の丘」は、シベリアに抑留された兵の間で歌われていた曲である。1948年8月、復員兵がNHKのど自慢で歌って話題になり、作曲者を探す騒ぎの末、同じ月に復員した吉田正が名乗り出た。吉田はのちにビクターで多くのヒットを書く。
1950年代半ばからは、北海道出身の三橋美智也、福島県出身の春日八郎が、旅や故郷を歌う曲で売れた。三橋は日本人で唯一レコード1億枚に達したとされるが、オリコンができる前の数字で、正確な記録はない。春日の「お富さん」は累計約125万枚とされる。
紅白歌合戦は1951年にラジオで始まり、1953年から大晦日の番組になった。1952年の第2回では、「カチューシャの唄」の作曲者・中山晋平が審査委員長を務めている。藤山一郎は第1回から1992年の第43回まで、歌手または指揮者として出演し続けた。1963年の第14回は視聴率81.4%(ビデオリサーチ、関東地区)を記録している。
カラオケで歌うなら
この時代の歌は、今もカラオケで歌われている。カラオケDAMの2025年「演歌・歌謡」年間ランキングでは、「青い山脈」が11位、「高原列車は行く」が15位、「憧れのハワイ航路」が24位に入った。「青い山脈」はDAMの2025年デュエット年間ランキングでも9位で、男女で歌う曲として選ばれている。
評価の分かれる点
「リンゴの唄」の売上は、2年間で12万5000枚とする記事、約33万枚、累計58万枚とする資料があり、定まらない。三橋美智也の「1億枚」も、オリコンができる前の数字で確かめようがない。
くらさんの考察
今のカラオケに残っているのは、ブギよりも「青い山脈」や「高原列車は行く」のような、明るく前を向いた歌だと考えられる。焼け跡の時代に人々が求めたのは、悲しみをなぞる歌より、声を合わせて元気の出る歌だったのかもしれない。一方の望郷歌は、集団で地方から出てきた世代の心をつかみ、のちの「演歌」の土台になったと考えられる。
ジージへの問いかけ
・ジージが子どものころ、ラジオから流れていて覚えている歌はどれでしょうか。
・美空ひばりが少女のころの歌と、晩年の「川の流れのように」とでは、どちらに親しみがありますか。
・「青い山脈」が今もデュエットで歌われているのは、なぜだと思いますか。
出典
・ウィキペディア「リンゴの唄」 https://ja.wikipedia.org/wiki/リンゴの唄
・ウィキペディア「笠置シヅ子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/笠置シヅ子
・ウィキペディア「美空ひばり」 https://ja.wikipedia.org/wiki/美空ひばり
・ウィキペディア「中山晋平」 https://ja.wikipedia.org/wiki/中山晋平
・ウィキペディア「藤山一郎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/藤山一郎
・ウィキペディア「異国の丘」 https://ja.wikipedia.org/wiki/異国の丘
・ウィキペディア「三橋美智也」 https://ja.wikipedia.org/wiki/三橋美智也
・ウィキペディア「春日八郎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/春日八郎
・ウィキペディア「NHK紅白歌合戦」 https://ja.wikipedia.org/wiki/NHK紅白歌合戦
・ウィキペディア「日本レコード大賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本レコード大賞
・ウィキペディア「国民歌謡」 https://ja.wikipedia.org/wiki/国民歌謡
・ウィキペディア「軍歌」 https://ja.wikipedia.org/wiki/軍歌
・ウィキペディア「ムード歌謡」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ムード歌謡
・ウィキペディア「青い山脈 (曲)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/青い山脈_(曲)
・ウィキペディア「憧れのハワイ航路」 https://ja.wikipedia.org/wiki/憧れのハワイ航路
・ウィキペディア「高原列車は行く」 https://ja.wikipedia.org/wiki/高原列車は行く
・カラオケDAM公式「演歌・歌謡のカラオケ年間ランキング」 https://www.clubdam.com/genre/enka/ranking_year.html
・カラオケDAM公式「カラオケ年間ランキング(デュエット)」 https://www.clubdam.com/ranking/duet/year.html
動画
・リンゴの唄(Michiko Namiki - Topic)https://www.youtube.com/watch?v=5wG0xTEOn0E
・笠置シヅ子 - 東京ブギウギ [Music Video](笠置シヅ子とブギウギの時代)https://www.youtube.com/watch?v=9-exu6mzKLE
関連動画
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